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心洗われる書の世界。関根薫園書道美術館

美術館外観
関根薫園氏 館内
日本を代表する書道家、関根薫園さんの作品と、書道に関する様々な資料を集めています。
利賀を度々訪れ、書道の指導や展示会を開催するなど、村との交流が深かった関根さん。
その交流を背景に、平成11年に新しく誕生した書道美術館です。
静寂の中で墨痕鮮やかな書を眺めると心が洗われるよう。
関根さんが中国との書道交流を通じて収集した貴重な文具、書道具なども展示しています。


豊な自然に囲まれ、ゆったりと時が流れる利賀の地こそ書の魅力を知り、書の美を感じることに最もふさわしい土地と思います。

父、関根薫堂の手ほどきで筆を持った私は、幼児の頃からかな書道、特に「高野切」を熱心に学んでおりました。しかし、戦後になって青山杉雨先生の鋭い漢字と出会い、その美しさに魅了されて、漢字作家としての道を歩み始めることとなりました。
当時から私は、書道研究のため度々中国を訪問しておりましたが、その折々に現地の書道家の方々との交流を通じて、宋代四大書家の一人、黄庭堅の書をはじめ、明朝、清朝の書家たちの貴重な作品を手に入れることができました。気が付けばその数は50点近くに及び、また硯や墨などの貴重な品々も多数に上っておりました。
こうした収集品をより多くの人に見て頂き、書道の発展に貢献できないものかと考えておりましたところ、平成6年より利賀村の書道愛好家の皆さんとのご縁が始まり、以降年に数回この地を訪れ、書道の指導や講話などをさせて頂ける機会が持てました。
聞けばこちらの村は、芸術や文化の振興に大変熱心に取り組まれているとのこと。感銘を受けた私が収集品の寄贈を申し出ましたところ、書道美術館を作って頂けるという話にまで発展していったのです。
私が集めて参りました貴重な資料や作品が、散逸することなく保管されるのは大変に喜ばしいことです。また、自然と文化に恵まれた利賀村という素晴らしい環境で、私の作品を多くの方々に見て頂けることは、誠に名誉なことと思います。



関根薫園(せきねくんえん)
1916年千葉県浦安町に生まれる。
1930年父薫堂を会長として「墨技会」を設立
副会長として補佐に当たる
1935年秦東書道院にて褒状(かな)を受ける
1945年父薫堂の死により「墨技会」会長となる
1949年青山杉雨先生に師事
1950年日本書道美術院特選
1954年毎日展最高賞を受ける
この年から1964年まで日展に連続入選(以後不出品)
1959年謙慎書道会展において春洞記念大賞を受ける
1966年紺綬褒賞を受ける
1984年藍綬褒賞を受ける
1990年勲五等双光旭日章を受ける
1991年中国紅十字会栄誉章を受ける
1996年天皇・皇后両陛下御催しの春の園遊会に招待される

(社)日本書道連盟参与
謙慎書道会名誉会員
読売書法会総務 墨技会会長
■主な著書
三体千字文
墨技書法百科
はじめての書道
楷書・行書・草書・かな・実用書
伎藝瑞雲、千寿墨
伎藝瑞雲、千寿墨
(ぎげいずいうん、せんじゅぼく)

伎藝瑞雲は細字書写用として最良の兎毛と鹿毛を用いたもの。千寿墨は我国に現存する墨では最古至上である。正倉院宝蔵墨の復元。
扇面 呉熙載作(1799〜1870)
扇面 呉熙載作(1799〜1870)
(せんめん ごきさいさく)

儀徴の人、字は譲之または譲翁・晩学居士・言庵戸号した。堂号を慎師軒という。詩文をよくし、金石考拠の学に深く、書画・篆刻に長じた。
扇面 呉熙載作(1799〜1870)
鉄硯を磨穿す 薫園作
(てっけんをませんす くんえんさく)

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